82. 学校でみんなと勉強したい
抗がん剤💊を飲んで 長女
ある日 突然
長女
と泣いた。
発症してから 長女
ずっと 学校🏫に行きたい! と思っていたのに
言えなかった 長女
私は 毎日 ずーっと 長女
何で 気付いてあげられなかったのだろう。
自分のことが 嫌になった。
本当は 学校に行きたい!
だけど、みんなに ジロジロ見られるのは 嫌だ。
そんな 長女
私
母が 一緒に 学校に行くから 行っても良いですか?って 聞いてみようね!」
長女
きっと私も 笑いながら 泣いていたと思う。
長女
もっと早く 長女
長女
長女
83. 主治医の先生に相談
すぐに 主治医のY医師に電話して 長女
Y医師👨⚕️「体調が良く時に 短時間だけ お母さんと一緒なら 学校に行っても良いですよ。
風邪が流行っていますから 風邪をひかないように気をつけてくださいね。」
Y医師👨⚕️は 本当に優しくて 長女
長女
長女
次に 学校に電話をかけた。
長女
長女
そのまま 3年生も 担任をしてくれていた先生だった。
長女
長女の担任の先生「私が泣いちゃいけないですね。」と言いながら 号泣していた。
若いけど しっかりした 若い頃の 私のような 熱い先生だった。
長女
担任の先生に長女
長女の担任の先生「職員 みんなで 抱きかかえて登りますから 心配しないで下さい! 待ってます!」
興奮気味に 言ってくれた。
長女
次の日から 早速1時間だけ学校に行く事にした。
長女
きっと長女
84. 登校
学校へ 久しぶりに登校する朝
長女
長女
ジロジロ見られたり 色々聞かれたりすることへの 不安があった。
私
って 本当のことを言えば 良いんだよ」
長女
安心したようだった。
長女
必死で 病と闘っている。
ズルなんてしていないのに、なぜ 長女
なぜ 長女
いつも いつも 考えていた。
長女
時間のだいぶ前に出発した。
学校までは 車で行き 校舎まで 手を繋いで ゆっくり歩いた。
私
手すりにつかまって 階段を登り始めた。
ゆっくり 一歩一歩。慌てて 長女
最後の踊り場を曲がると 長女
その時 長女
必死に 手すりにつかまって 一人で 階段を登り始めた。
私「危ないから‼️」
長女
支えて貰っている姿を 見られたくなかったのだろう。
9歳の女の子の 健気な想いに 涙が出た。
久しぶりに登校した 長女
担任の先生も 笑いながら 泣いていた。
85. 我が子に教わった「生きがい」の本質
長女
5ヶ月ぶりに登校した長女
長女
でも誰一人 ジロジロ見る子は 居なかった。
1時間だけ授業に出て直ぐに帰宅したので、みんな「バイバーイ」と手を振ってくれた。
長女
階段も手すりに必死につかまって一段一段ゆっくり一人で降りていた。
踊り場を曲がり教室が見えなくなると慌てて長女の体を支えた。
長女
長女
帰宅すると興奮気味に
長女
放課後担任の先生から長女
その時に先生が 事前にクラスの子に「長女は 病気で入院していた。 病院の学校へ通っていたが、 退院したので 戻ってきた。 薬を飲んで 治療しているので あまり色々 聞かないこと」というような事を話しをして下さったと 聞いた。
本当に ありがたかった。
おかげで 長女
学校に行く日は前日から ワクワクしているのが感じられた。
卒業式等で学校へ行かれない日は 明らかに つまらなさそうだった。
そしてやっと 気づいたのです。
人は朝 起きて今日 やりたい事がある!というのとやりたい事がない。というのでは全く違うんだという事を。
それが 生きがい!であり生きる希望なのだ!という事を長女
もっと早く気付いてあげれば良かった。
長女が3年生の最後の授業で描いた絵日記の表と裏表紙の絵です。
効き目が望め無いと言われていた抗がん剤が効いて
右手の麻痺が若干改善して字が書けるようになっていました。