32. クラスメートの話についていけないよね
長男は6年生になり 運動会も無事に終わり いよいよ 受験生モードに突入!
となってくれれば苦労はないのですが。
この頃 学校から 泣いて帰ってくる事が何回もありました。
長男「学校の友達と話しが出来ない…。」
超ポジティブな長男の 人生初の悩みです!
のんびり ゆっくり ダラダラ型の長男は、全てに時間がかかる為
学校の宿題と 塾の課題に追われ テレビを見る時間もなく、ゲームをする時間もない。
毎日毎日
私「時間を逆算して 自分で自由時間を確保すれば良い!」
と伝えまてましたが、結局 毎日 遅くまで 勉強に追われてしまっていました。
長男が通っていた小学校は 中学受験をする子が 数人なので、学校の友達の会話はテレビのお笑いかゲームの話。
全く わからなかったそうです。
泣きながら 悲しみを訴える長男に 『悩めるようになって 成長した!?』という喜びと共に 悩みの内容に せつなくなりました。
もう 中学受験を辞めた方が 長男にとって良いのではないか?
いつも悩んでいました。
が、長男の答えは「辞めない!僕は医者になる!」でした。
その可能性も含めて “もう辞めてあげた方が良いのでは?” と常に悩んでいました。
答えは誰にもわからない。
ただ 成績が 1つの目安になるとは思います。
長男には
「お医者さんになって 病気の子を治してあげたい! 脳幹部グリオーマを治したい!」
という夢がありました。
それは 姉の夢であり、私たち両親が 長男に押し付けてしまったのかもしれません。
でも長男の志望校を決める基準は「お医者さんになれる学校!」でした。
中学受験で合格をしたからって 必ず お医者さんになれるわけでもなく、
医学部に入る子が多い中学へ入れたとしても勉強は いっぱい しなければならない事を伝えました。
長男は中学受験をしたらお医者さんになれる!と思っていたようです。
【志望校決め】という苦難が待っていました。
33. 塾の友達とくらべてもしょうがないよね
今住んでいるところは 夫にとっても 私にとっても 地元です。
しかし 中学受験を経験していない私たちには、学校自体のイメージが数十年前のとはガラリと変わっていました。
学校選びは、判断決めからゼロからのスタートです。
夫の絶対に譲れない条件として 自宅から1時間以内! 満員電車はMG でした。
条件と 息子の成績にあう学校は 多くありません。
が、いわゆる御三家 を受験する子が滑り止めで受験するようなレベルで、環境的にも とても良い中学校が 我が家から1時間以内にありました。
長男と一緒に 見学に行ってみました。
その学校は、毎年毎年 医学部に多くの入学実績があります!
長男も私も とても気に入り 第1志望校に決めました!(もしくは 憧れ校とも言う)
長男が通っていた塾から その学校は遠くないので、同じ塾で御三家を狙っているような学力の子は 滑り止めで ほぼ全員が受験します。
お友達が滑り止めの学校を 本命で受ける長男。
お友達と比べても 仕方ないので 気にしない事にしました!
そんな長男にも 滑り止め校が必要です!
自宅から1時間以内の学校で 共学の中学に夫と見学に行きました。
滑り止めにしたいと思って見学した学校の長男の感想は…
「池に鯉がいた!」
夫「入学したら あの鯉 釣り放題 だぞ〜」
長男 「え~!!本当にぃ〜!!!」
という くだらない会話を 電車の中でしていたそうです。。。
“夫と 見学には行かせられない!”そう思ったのは 言うまでもありません。
34. 子どもの力量を親が勝手に決めたらいけないよね
夫は 見に行った鯉のいる学校を とても気に入っていました。
夫「滑り止め校は あの中学が良い!」と 夫の中では 決めていました。
程なく 塾の算数の先生と 二者面談がありました。
私「長男には夢がありまして…。」
算数の先生「新聞読みましたよ! 妹さんの為に お医者さんになりたい! 立派な夢ですよね!」
私「妹のこともありますが…、 あの、息子は 姉のことは 塾では何も言っていないでしょうか?」
算数の先生「長男くんに お姉ちゃんも居るんですか?」
長男は 塾では 長女のことを 一言も話していなかったのです。
低学年の頃は 長女のことを 聞かれもしないのに 話をしていました。
しかし 長男の心の中で【姉の死】は 大きく意味が変わったのだと思います。
言いたく無いこと ではなく、軽々しく言ってはいけないことだという事に 気がついたのだと思います。
それでも 長男が中学受験をする意味として 志望校を考える時に 避けて通ることが出来ない
長女と三女のことを 塾の算数の先生に 話をしました。
塾の算数の先生は 泣いていました。
算数の先生
「そうですか…。長男くんは 小さいながらも 大きなものを背負っている!
でも 長男くんなら きっと しっかり理解して 乗り越えてくれると思います!」
私
「でも 家庭の状況的にも 長男の学力的にも 医師は難しいことは 十分理解しています。」
算数の先生
「いいえ!長男くんが 医者になりたい! って言っているのですから、目標は医者で良いんです!
そこを目指して 志望校検討も含めて みんなで応援していきましょう!」
と言って下さいました。
志望校(憧れ校)と滑り止め校が決定しました。
塾の先生方は 息子を とても熱心に ご指導 下さいました。本当に、本当に。
長女が三年生の終わりに書いた 文集です。
がんの子を治せるお医者さんになりたい! そんな夢を抱いていた長女
この文集を書いた 半年後に 本人に脳腫瘍 脳幹部グリオーマという癌が見つかり
発病から8か月の闘病の末 お空に旅立ってしまいました。
長女が生きていたら。いつも思ってしまいます。