長女のこと:救急外来 大学病院での診察 入院

16.大学病院の救急外来へ

私の母からの電話で「CTの結果 先生が『すぐに 大学病院で 診て貰って下さい!』って 紹介状書いて貰ったから すぐにN病院に来て!」と言われた。

職場に事情を説明し 直ぐに車で向かった。私は 車の運転が 苦手だ。
しかも 長女のことで パニック状態。
初めての 全く知らない道を どうやって 運転したのか 覚えていない。
(カーナビはありましたが。)

ただ、都内の病院のコンパクトな駐車場に 車を停めるのに焦りもあり とても 苦労した事だけは 覚えている。。。
救急外来で待っていた 長女と 私の母と 合流するとすぐ側に居る 私の母から メールが来た!

(読んでも 大きな声を出したり 大きなリアクションはしないで!CTの結果 長女の頭に 異常がある!)
と。。。

側に居る 長女に 心配させないよう 私の母の 配慮だった。
私は 予想はしていたが、やはり 最悪な事態が起こっている事への 大きな動揺と 落胆を長女に 悟られないよう 努めて 冷静を 装った。
そんな 私の努力は虚しいほど、長女の CT画像を見たであろうドクターの動揺がドア越しに 聞こえてきた。

17.耳鼻科 慌てる医師

近所の総合病院からの 紹介状に顔面麻痺の症状がある と書かれていた為、大学病院へ着いたら 耳鼻科に行くように言われた。

私(脳外じゃなくて いいのか?でも 脳外だったら 困る。 耳鼻科であって欲しい!)そう願っていた。

しかし、耳鼻科の 診察室の前でドア越しに耳鼻科のドクターの慌てぶりが聞こえた。
長女のCT画像を見たであろう
耳鼻科のドクター「なんだこりゃぁ。   た 大変だ!!! 直ぐに 小児科の先生と脳外の先生 呼んで!!!」と言う声が聞こえて来た。

耳鼻科の前で待っている 小児は長女しかいない。

長女「どうしたんだろう?」不安がる長女。
私「どうしたんだろうね。。。」と 極めて 冷静を装った。心臓は バクバクしていた。
直ぐに 小児科の先生と 脳外科の先生と思われるお医者様が 二人走って診察室に入った。

数分後、二人のお医者様が出て行った。
そして 程なく診察室に 長女が 呼ばれた。

耳鼻科の診察室に入ると耳鼻科のドクター「CTの画像 見せてもらいました。で、脳外の先生にも見てもらったんだけど、脳外科で診てくれる事になったから。お大事にして下さい。」と 追い出すように あっと言う間に 耳鼻科の診察は 終わった。

18. 脳外科

すぐに 看護師さんが来て「車椅子で 脳外科へ行きましょう」と言われた。
長女は 支えないと 歩けない状態だった。

私(絶対に 大変な事になってる。)パニックで 泣きそうになりながら 必至の 作り笑顔で
私「あっちこっちで   疲れちゃうよね」と 長女に言った。
長女は 目に見えて どんどん具合悪くなっていた。
脳外科へ移動して いよいよ 診察室へ 呼ばれた。
朝一で  近所の総合病院でCTを撮って都内の大学病院へ移動して脳外科の診察室に入れたのは診察時間が終わった15時過ぎだった。

19. CT画像 白い影

診察室には 私だけが 呼ばれた。長女は 私の母と 廊下で待っているように 言われた。
私(本人に言えない程 悪い病気なんだ!)直感した。
診察室に入ると 目の前に 長女のCT画像が貼ってあった。
私は 正に 頭が真っ白になった。
私は 22歳の時に 小脳梗塞になった。

脱水によるもので ほんの小さな梗塞だったが、体のバランスが保てなくなったり、左側に麻痺が起こった。
リハビリを沢山したが、今でも 他の人からはわからないが、自分では 微妙に感じる 麻痺がある。
私は 自分の頭部のMRI画像も CT画像も 何度も見ていた。
私の梗塞は 画像では 確認するのが難しい位 小さなものだった。
それでも 麻痺はある。
それなのに 目の前にある長女の頭部画像には大きなとても大きな 真っ白な影があった。
画像を見ただけで 波が溢れてきた。
長女の頭部には 首の付け根付近に頭の5分の1くらいの 真っ白な影があったのだ。

20. 医師の診断

私が 理解できるよう脳外科の医師が ゆっくり丁寧な口調で 話始めた。

脳外科の医師
CTの画像を 見せてもらいました。見てもらうと わかりますように ここに 白い影があります。これは 腫瘍だと思います。詳しく検査してみないと はっきりは わかりませんが、たぶん この感じですと 悪性の腫瘍の可能性が高いです。そうなると 難しい病気で 予後は 大変厳しいと思います。
とにかく 詳しく検査してみないと 断定は 出来ません。
また、現在 この大きな腫瘍のせいで 水頭症を起こしています。急死の可能性もあり得ますから このまま入院してご家族どなたか必ず連絡がつくようにして下さい。

と言われた。突然の宣告。
私が予想していたより 長女の状態は 遥かに悪いものだった。

脳外科の医師は 丁寧な口調で ゆっくり話をしてくれたのに私には 全く分からなかった。
なぜ 長女が? 何が いけなかったの?
数日前まであんなに元気だったのに?
どうして?どうして?
いいえ、長女はずっと前から 兆候は見られていたのです・・・。

脳幹部グリオーマ 小児ガン ブログ | Triple Rainbow

21. 脳外科に入院

脳外科の医師が言った言葉の ほとんどが頭に入ってこなかった。
最愛の我が子の 厳しい病状の宣告を理解したくなかったのだと思う。
ただただ 涙が止まらない。
長女に起きている現状を私には理解しきれなかった。
長女のCT画像の 真っ白い影だけが今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。
看護師さんが 「大丈夫?」 と声をかけてくれた。
そう。
辛いのは 私じゃない!!!長女だ。
私「大丈夫です・・・。」と 必至に涙を拭いた。
長女に 泣いていた事を 悟られてはならない。

必至に涙を堪え 深呼吸を沢山して長女と 私の母が待つ 廊下へ出た。
長女が しんどそうに 車椅子に座っていた。私の母が 心配そうに 私を見る。
私「長女の体調が良くないから 入院することになったよ。家に居たら 心配だけど 病院なら 安心だし!」努めて 明るく言った。心配そうに長女「ママも 一緒に居てくれる?」
私「ん。 長男も 次女も 居るからなぁ。」
私の母「家の事は 心配しなくていいよ。なんとかするから。   長女と一緒に居てあげて」長女 やっとホッとしたようだった。
病状は 全く安心出来ない状況だった。
脳外科の病棟に入院することになり、私「小児科じゃ ダメですか?」
脳外科の医師「お嬢さんの病気の状態では 小児科では 受け入れられません!いつ水頭症の状態が悪くなり 開頭しなきゃいけないか わからない状況です!そうなっても 直ぐに対応出来るよう 脳外科に入院して下さい!」と言われた。

長女おねがいは 一刻を争う危険な状態だった。

長女が大好きだったシェリーメイ

22. 病室はナースステーションの前

脳外科病棟に入院になった。
都内の大学病院の 脳外科病棟には 子どもは 誰も居なかった。
(入院の付き添いをするなら個室になります。) と言われ病室は ナースステーションの真ん前だった。

そこは 重症の患者が 入院する位置。
私も 長女も何度も 色々な病院に 入院しているのでわかってしまう事もある。
個室に着いたら 疲れがピークだった長女はあっという間に 寝てしまった。
私の母は 長男と 次女の世話の為 我が家に帰って行った。
入院の為の書類や 緊急開頭手術になった場合にすぐ手術出来るよう 色々な同意書に 記入した。
長女が寝ると 我慢していた 涙が とめどなく溢れてくる。
私が  長女を 元気に産んであげられたらこんな事には ならなかった。 私のせいだ。

出産前に 脳梗塞の薬を飲んでいたし(妊娠の1年以上前には 飲み終えていました)
夫が 結核になった時も 予防薬を飲んでいたし(妊娠の3年前には 飲み終えていました)
私のせいで 長女が病気になってしまったんだ。
自責の念に 苛まれた。
どうして 私じゃなくて 長女が病気になってしまったのか。

17時過ぎになっていた。。。
慌てて 病院の外に出て 私の職場に 電話した。その日 私は遅番で 19時迄の勤務のはずだった。
一緒に組んでいた 後輩が 私の代わりに 遅番をしてくれていた。
その週の週末は 保育園の運動会だった。

当時 私は 2歳児の担任をさせてもらっていた。
とても可愛い子たちで 保護者のお母さん方とも 仲良くさせて頂いていた。
沢山練習して 楽しみにしていた運動会には 参加出来ない。
いつ 職場に戻れるかも わからない。。。職場にも 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

私「申し訳ありません。詳しく検査してみないとはっきりわからないんですが、長女は 脳腫瘍で水頭症になっていて 急死もあり得る状態だそうです。」

泣きながら なんとか 伝えた。

園長先生は 本当に優しい先生で「こっちの事は 何にも心配しなくていいから娘さんのことだけ 考えて、先生も 体に気をつけてね」と言ってくれた。

職場も 大混乱だったと思う。当時 私は 2歳児のリーダーだった。
長女にも 職場にも 申し訳ない気持ちで いっぱいだった。泣きすぎて 私のハードコンタクトは 悲鳴をあげていた。

そして 夫に連絡していない事に 気づいた。

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