25. 無謀なチャレンジ
長男が通っていた塾は中学受験専門の塾でした。
約40年位の歴史があり、長男の学年は歴代でも一番塾生が少なかった。
という学年です 特に 男の子。
長男が言うには「何人も 体験には来るけど、入っては来ない!」と。
“絶対に あなたのせいだと思いますよ!”
常に思っていました。
毎回毎回 私「静かにしなさい!」と言って 塾に送り出していましたが、一歩外に出て知り合いに会ったら超大声!!です。
以前 叱って頂いた 塾の算数の先生に
私「長男が煩すぎて 男の子が入って来ないんじゃないかと思っています。申し訳ありません。」
とお詫びした事もあります。
算数の先生「そんな事はないです! 考えすぎですよ! 私たちの努力不足ですから。」
そう 仰って下さいましたが、親に面と向かって
「あなたのお子さんが煩いから!」なんて 言えないですもんね。
数少ない 男の子たちは 煩い長男が居ても 集中して取り組める超優秀な男の子か、長男のことを
元々知っていた子でした。
長男の通っていた小学校は 駅まで 少し距離があり、
また、通っている小学校はすぐ隣に中学校があるので、同じ小学校で中学受験をする子は 片手程でした。
その中で 同じ塾に、長男と同じ小学校の男の子が 二人 いました。
二人共、御三家狙いという 超優秀な男の子です。
かたや長男の目標は 算数の平均点越え 。
特に 人数の少ない男の子たちは 算数が みんな得意です!
(算数が得意なお子さんが 中学受験するんですもんね)
算数が超苦手な長男、今 考えても 超無謀なチャレンジだったと思います。
人数が少なかった男の子たちは 仲が良かったようで テストの点数が だいたいバレていたようです。
(塾では 絶対に人のことを言ってはいけない!という厳しいご指導があるそうです。)
長男は 男の子たちに 色々 言われることもあったようです。
それでも そこは 長男の超ポジティブ思考 発揮です!
あまり 気にしないようにしていたのか、本当に気にならなかったのか、どちらなのかは微妙ですが、
面談の時に
塾の算数の先生「長男くんは 男の子たちから 色々言われていると思いますが、気にしない 強い精神力を持っています!」と 言って頂きました。
物は言いようですね。笑。
親としては もう少し気にして 頑張ってくれたら! と当時は思っていました。
でも、息子の 本当の気持ちに 気づいていなかったのです。
26. 僕だけBクラスはイヤだ
平成29年 長男5年生のことです。
長男が通っていた塾は、数駅ほど離れた所に もう一校 系列の塾があり、5週間に一度のテストでは
両校の同学年のテスト結果が一覧で出ます。
でも 名前は 毎回 本人が決めるニックネームです。
ただ 男女は記載されているので なんとなく誰だかわかります。
長男は 数少ない男の子の中で 算数の成績は ほぼ ビリでした。
何人かの 男の子たちより 点数を取れる時もありましたが、もう一校の塾の子だったと思います。
長男が通っていた塾は 通常 御三家狙いのクラスと 有名中学狙いのクラスとが曜日で別れていました。長男の学年は 人数が少なかったからか、先生たちが お試しでやってみたのか、4、5年の時だけ
テストの成績で算数のクラスをA・Bに分ける️という 分け方でした。
最初は そういうシステムだと思っていたし、算数が苦手な長男は もちろんBクラス。
その事に なんの疑問も無かったのですが、
ある日 長男が
「男で 僕だけがBクラスなんだ----!!!!! 僕だけ Bクラスは嫌だ!!!!!」
長男が初めて 塾の事で 泣きました。
勉強が理解出来なくて 夫に怒られて泣く事はありましたが、
友達と比べて 自分が出来てない事に やっと気づき やっと悔しいと思ったようです。
それからは Aクラスになる為に算数のノートを一生懸命書いてくるようになりました。
(授業中に喋る友達が居なくなったのが理由かもしれませんが。)
毎週 算数を教えて下さっていたピアノ の先生にも
長男「次は 絶対にAクラスはなる!」と宣言して 算数を頑張っていました。
その時 既に 5年生の11月頃。
そして 12月の塾の懇談会で
塾長「来年度は 通常通り 曜日で 算数のクラスを分けます!」と。
元々 塾長の考えは “成績で子どもたちを分けたくない!” という考えでした。
“学びたい!という子には 教育を受けさせたい!”という考えです。
長男の学年は 試しに成績順に分けてみた!でも やっぱり通常に戻す!と。
ということは 長男がAクラスになれるチャンスは残り1回。
そして、一番最後のテストで Aクラスに分けられたとしても 実質 Aクラスでの授業は受けられません。
長男に事情を説明して 超本気モードの 算数の勉強が始まりました。
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