長男のこと:中学受験体験記 27~29

27. 普通の子になれた

長男が お弁当箱事件を起こし ものすごく悩みましたが、一つだけ 嬉しかった事があります!

それは 長男が 初めて 普通の子として 注意を受けた!ということです。

保育園の時も 小学校でも 長男は 【長男】 という 特別枠でみて頂いていました。
私たち親も それに慣れていたし、そういうものだと思っていました。

でも 受験をする! という事は 特別枠では無理ですし、
“そこを目指すなら!” と考えて下さった 塾の先生に 感謝しました。

お弁当箱事件から数週間後 算数の先生と 二者面談をして頂きました。

その際に お弁当箱事件を再度 謝り そして 初めて 特別枠ではなく 普通の子として みて頂けた事に 感謝を伝えました。

夫も私も 長男を 特別枠でみるのを 辞めることにしました。
やっと スタートに立てたのだと思います。

それが茨の道でも。

28. 5年生の最期に

長男は 算数のクラスで 上位に入れるように 毎晩毎晩 土日も長時間 勉強をしていました。

いざ テストを受けたら 平均点を超えました!

が、帰宅した長男 「平均点より上の子が多いから  僕はBクラスだった・・・。」と。

そうなんです。長男の点数は 平均点を 少しだけ 上回っただけだったのです。
おそらくその回は 長男が通っていた塾の子が 点数が高く もう一校の方が 点数が振るわなかったようです。というより 長男の通っていた塾だけ 成績順でクラス分けをしていたので、
Aクラスの子は 『なんとしても Bクラスになりたくない!』と躍起になって 勉強していたようです。

長男のAクラスの夢、Aクラスで授業を受ける! ということは 叶いませんでした。

でも長男に話をしたのです。結果ではなく、プロセスが大事だという事を!

目標に向かって一生懸命 努力した!という事が大事で、目標の平均点越え!!️ は達成出来た!

結果的に Aクラスで授業は受けられないけど、
ずーっとBクラスだった っていうのと Aクラスの得点を取って最後を飾る のどっちがいい?
長男はすかさず「僕は Aクラスで終わらせてやる!」再奮起しました。

そして 授業は受けられませんでしたが 5年生 最後の算数のテストは 文句無しAクラス入りの点数を取れ 塾の男の子たちにも「頑張ったじゃん!」と言われたそうです。

5年生の2月に いよいよ6年生 受験生としての生活が始まりました。

29. 大声でも褒められること

長男は 長女が居なくなってしまった翌年度 長女が通っていた小学校に入学しました。
私は長女の同級生を見るたびに 長女だけが居ない現実に押しつぶされそうになっていました。

当時 小学校に行く事が とても辛かったのです。

そんな両親の様子を なんとなく感じていた長男は 心が荒れていました。
それでも 毎日 楽しみに小学校に通っていた長男。

先生に注意を受けることも多かったのですが、小学校一年生の時の運動会で 高学年の子に
初めて 憧れて!という感情が芽生えました!

それは 『運動会の応援団』 です!

声が大きく 通る声質なので、「うるさい!」 と注意され続けていた長男が初めて 運動会の応援合戦の練習で 大声が褒められたのです。

それ以来 長男の中では 毎年の運動会の一番の楽しみは 応援合戦!️でした。

運動が苦手な長男にも 楽しめる何かがあれば 私はそれで十分だと 思っています。

毎年毎年 運動会の時期に 応援合戦の事を熱く語る長男
高学年になると シラケ気味の子が出る中で 一生懸命応援する長男ニヤリを 可愛がって下さる先生方も多かったです。本当にありがたいですね。
(長男は ただただ好きだっただけ だと思いますが、些細な事を褒めて 伸ばして下さった先生方には 感謝しております。)

長男が通っていた小学校は 5年生から 応援団に入れます!
5年生になった長男は満を持して 応援団に立候補しました!

そして 応援団全員が集まって 応援団長を決める時に
先生「応援団長 やりたい人!
長男「はーーーーーい️」と超元気・意欲満々に手を挙げたのは長男だけだったそうです。

さすがに 5年生だし、【長男】だし!
(上級生も ウチの【長男】のことは知っています。)
みんなに「いやいやいや・・・」と 止められたそうです。
︎↑の話は 同級生のお母さんから聞きました。本人 本気だったようです。

長男「なんで 五年じゃ なれないんだよー!」と 真剣に残念がっていました。

私「来年 応援団長に立候補すれば良いじゃん!」そう 慰めながらも、実際に団長になったら・・・という不安もありました。

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